2016年10月12日

巨悪は眠らせない

 以下の文章では、2016年10月5日に放映されたドラマ『巨悪は眠らせない』の内容に触れています。ご了承ください。

 真山仁『売国』のドラマ化。テレビ東京が本社の移転を記念してつくったドラマの3本目。1本目が、宮部みゆき原作の『模倣犯』、2本目が湊かなえの短編のオムニバスだった。この2つはミステリーであり、殺人事件があった。それに対して『売国』にはあからさまな殺人はないし、恋愛もない。派手なアクションもない。これをドラマにするのは、けっこうな冒険だと思った。

 原作の『売国』では、検事の冨永真一と、宇宙研究・ロケット開発に携わる八反田遥の物語は独立して交互に語られ、二人が出会うのは一度だけだ。政治家のヤミ献金を追ってきた冨永が、その政治家が宇宙開発にからんでいることを知り、学者を巻き込んで、アメリカに研究成果を売らせようとしているのではないかと疑う。それが八反田の師事する寺島教授だ。だから、二人が出会った時の八反田は、富永にいい印象を持たない。
 ドラマでは、二人を早くから出会わせた。二人の話が絡み合ってクライマックスへ向かうところを描きたかったのだろう。原作に描かれた要素を少しずつ、順序を変えたりして取り入れているが、大きな違いは富永が独身だということ。その設定を聞いて、八反田との恋愛話になったら嫌だなと思っていたが、そうはならずによかった。
 時間的制約があるからか、富永は原作よりストレートに悪を暴く方向に向かうように見える。特に上司に直接「捜査を続行させてください」と訴える場面があるから「熱く」見える。しかし、その熱さ、若さは「永田町のドン」と呼ばれる橘との対比のためにも有効だったのだろう。橘は長年にわたって自分の本当の立場を隠し、周りを欺いてきた男だ。そんな橘と向かい合って話す中で(富永の親友・左門がそれ以前から橘に、富永のことを話していたとしても)橘に信頼感を抱かせるには、熱さと共に理解力・推理力を持つ人間だということを示す必要がある。自分の考えを橘の前で話した富永に、橘は満足そうな表情を浮かべる。
 独身の富永の部屋は、仕事に熱い彼が自分をクールダウンさせるために作っている休息所のように見えなくもない。クラシックの音楽、ジグゾーパズル、冷蔵庫に入った大量の水。それを見ると、なんだか現実味の薄い人間のようだが、親友・左門や実家の父への思いが見える場面が富永の人間味を出している。
 要所で出てくる階段も印象的。上司に訴える富永が駆け上がる階段。記者会見を開いて自分を逮捕させようという橘がしっかり前を見据えて一歩一歩踏みしめて上る階段。逆に内閣官房長官の中江は階段を下りかけたところで検事たちに同行を求められ、そのまま下っていく。
 そういう象徴的なシーンも入れながら、抑えた演出で、音楽も邪魔にならないがスリリング。原作よりも富永の明るい力強さの見えるラストにしたのも、後味が良かった。


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