2013年09月09日

『小さいおうち』(感想)

 中島京子の小説『小さいおうち』を読んだ。映画化が決定していて(もう撮影済み?)どんな話だろうと興味を持ったから。以下の文章では、この小説の内容・結末に触れています。ご了承ください。

 かつて住み込みの女中として働いていたタキが年をとってから書き留めた思い出が中心になっている。十代から勤めた平井家。奥様の時子は出会った時、22歳。ただし、息子を連れての再婚。旦那となった平井氏は見合いの席での約束通り、新しい家を建てる。赤い三角屋根で、玄関脇にステンドグラス、応接間に丸窓がある。十数歳年上の旦那は見かけはぱっとしないが、玩具会社に勤めていて、その業界は日の出の勢いだった。

 ひとりの女主人に仕え、その主人を大好きな女中――という設定から私が思い浮かべたのは、カズオ・イシグロの『日の名残り』だ。こちらは男性だが、イギリスの執事が自分の仕えた主人とその屋敷を思い出し、語る。『日の名残り』でも戦争は大きな影を落としていた。主人は「ナチに協力した」とされ、戦後は不本意な生活を送ったようだが、とにかく執事は主人が好きで仕方がないのだ。『小さいおうち』の奥様は政治的なことには関わりはないけれども、この女中も女主人の欠点をも含めて彼女を愛している。語り手が主人に寄せる愛情と、仕える者としてのプロフェッシュナルな誇りを持ってする仕事ぶりが描かれているところに、両者の共通点を感じる。

『小さいおうち』は、あくまでも女中の目から見た世の中の移り変わりだ。昭和初期の「東京でオリンピックが開催される」というウキウキした気分の時期から、戦争中の話へと向かっていくわけだが、ひとり息子の京一の病気とその治療、一家で社長さんの鎌倉の別荘に招かれる様子などが描かれ、そこに板倉という社員でありデザイナーである青年が登場する。そして、タキは奥様が板倉に恋したことを知る。
 奥様はなぜ板倉に恋したのだろう? 旦那よりも年齢が近い、映画や音楽の話をしてくれる、漫画も読むから坊ちゃんにも喜ばれる、台風の時には電車で帰れなくなった旦那の代わりに窓に板を打ち付けてくれた。それらのことは、タキから見ても好意的に描かれるが、タキは奥様の恋は進行させまいとする……
 いよいよ戦争が激しくなると、タキは故郷に帰り、やがて終戦。タキの手記はこの辺りで途切れ、終章には漫画家になった板倉の作品についてと、タキの手記を読んだ健史(タキの甥の次男)が、かつて坊ちゃまだった平井恭一氏に会って話すところで終わっている。

 タキの目から見ることで、奥様は魅力的に描かれ、それがこの作品を読み進めたいと思わせる力になっている。もちろん、語り手はいろいろと隠しているかもしれない。しかし、そういう含みを持たせた終わり方も受けるだろう。歴史的な背景や具体的な風物を描きながら、あくまでも「かなえられなかった恋」の話にしたところが上手だと思った。


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