2012年11月18日

チキンとプラム

 天才音楽家ナセル・アリは死ぬことにした。大切なバイオリンを壊されたからー。というのが、チラシに書いてある紹介で、そういう話だと思って見ていたら、最後に至って「ん? 待てよ」と思った。確かに「何も子供の面倒を見ないし、私に働かせている!」と怒った妻にバイオリンを壊されてナセルは青ざめる。そして代わりのバイオリンを求めるが、思ったような音は出ない。
 けれども、彼の死ぬ決意を決定づけたのは、バイオリンを壊されたことだけではないような気がする。
 その場面は最初さりげなく示される。街で出会った、髪に白いものの混じり始めた女性に、ナセルは声をかける。女性は彼のことをまったく覚えていないと言って立ち去る…
 話が進むにつれ、ナセルの回想によって、この女性が彼の初恋の人だとわかる。失われた恋。ナセルはその女性に会う前からバイオリンを弾いてはいたが、恋が終わった後に、初めて師匠から「音楽にため息がある」と認められる。
 そのため息は、もしかしたらいつか再び彼女と愛し合える日が来るかも、というナセルの気持ちから生まれたものではなかっただろうか。
「もしかしたら」の希望が消えた時、ナセルの音楽は終わったのだと思う。淡い期待の入っていないため息は、ただ辛い。だからナセルは死んだのだ、と思うのだが。


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