2016年09月03日

フランシス・ハ

 以下の文章では、映画『フランシス・ハ』の内容・結末に触れています。ご了承ください。

 公開された時には、それほど何がなんでも見たい映画というわけではなかった。が、ドラマ『きょうは会社休みます。』の第一話で、恋人のいない30歳になる女性主人公がひとりでレディースディに見ていたのがこの映画だったので、興味を持った。だから放映されたら、見ようと思っていたのだ。
 タイトルを見てまず普通の人が思うのは「『フランシス・ハ』の『ハ』って何?」ということだろう。苗字にしては短すぎる。これは最後になってわかるのだが、自分の部屋を借りた彼女が姓名を郵便受けに入れようとして書くのだが、実際の名前入れの部分は思ったより短く、紙を折って入れると「フランシス・ハ」のところまでしか見えない。だから彼女の苗字は「ハ」から始まる何かなのだが、どうもそれが映画中で出てきた記憶があまりない。たいてい「フランシス」と呼ばれているからだ。
 フランシスは28歳で、ダンサーとして正式にカンパニーに雇われることを望んでいるのだが、今のところ実習生という立場。大学時代からの親友、ソフィーと一緒に暮らしている。始まってからすぐにソフィーとお互いに「アイ・ラブ・ユー」と言い合うのだが、同性愛カップルではない。現にフランシスは付き合っている男性から一緒に暮らさないかと誘われるのだが、それだとソフィーがひとりになってしまうから、と断る。彼氏よりも親友優先なのだ。そこには、ひとりで家賃を払うのは無理、という事情もある。ソフィーが具体的にどんな仕事をしているのかはわからないが、ニューヨークは、まだ金をしっかり稼げるような仕事に就いていない人には、ひとりで住めるほど手頃な家賃の賃貸住宅はないのだ。
 ところが、ソフィーのほうは、前々から住みたいと思っていた地区に一緒に住まないかと誘ってくれた人がいるから、とその誘いに乗ってしまう。さらに、仕事の関係で日本へ行く彼氏についていくことになる。

 フランシスは実家に帰ったり、自分の卒業した大学で夏休みにバイトをしてその寮に泊めてもらったりする。
 パリに部屋を持っている、という人の話に乗って、思い立ってわずかな期間、パリを訪れたりもする。

 正直言って、28歳になって、決まった職につけないままに、でも実家に戻る決意はぜす(それはニューヨークでないと、ダンスの仕事はできないから)住処も危うい状態、というのはキツイ。今の日本であまり共感を得にくい立場だとも思う。それでも会話は軽快でくすりと笑わせるところもあり、まずまず見せてしまう。
 会話の多さとニューヨークへのこだわりは、ウディ・アレンの映画を思い起こさせる。最初のほうでフランシスが「ソフィー、大好きよ。たとえあなたが私より携帯が好きでも」と言うと、ソフィーは「携帯は汚れた食器を流しに置きっ放しにしないからね」と答える。そういうやり取りを面白いと思う人は、この映画を好きだろう。
 音楽は、古いフランス映画に使われたジョルジュ・ドルリューのものが使われていて(何の映画かは私にはわからなかった)、白黒画面と相まって、ノスタルジックな雰囲気も醸し出す。そういえば、アレンも白黒で撮ったこともあった。
 ダンサーとして認められそうにないが、振付師としての一歩を踏み出した彼女が初めてひとりで部屋を借りる。その郵便受けに名前を入れるところで映画は終わる。だからひととおりの成長物語とも言えるし、後味は悪くない。けれどもフランシスにとって真剣でもあり人生の大きな出来事でもあったさまざまなことが、傍から見ればちょっとドタバタした喜劇にも見える。そういう醒めた目も持っている映画だと思う。
 ちなみに、『きょうは会社休みます。』の主人公がひとりで見て笑っていたのは、ATMに慌ててお金を引き出しに行ったフランシスが帰り道で走って転んでしまう場面だった。


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