2015年10月10日

本『ふくわらい』

 以下の文章では、西加奈子の『ふくわらい』の内容に触れています。ご了承ください。

 面白かった。西加奈子の小説はいくつか読んだことがあるのだが、その中で一番面白いと思った。
 主人公が編集者で、彼女の担当する作家が出てくる。高名な作家だが90歳を超えて随筆しか書かなくなった水森。もと引きこもりの之賀(これが)。プロレスラーだが週刊誌にコラムを連載している守口。
 主人公の鳴木戸(なるきど)は「言葉を組み合わせて文章ができる、しかも誰かが作ると、それは私の思いもよらないものになる」ことに感動する人間だ。担当作家のことをできるだけ知ろうとし、要望に応え、激務が続いても机の上はいつもきれい。
 というわけで、まず文章を書くことに興味のある人間には、鳴木戸は興味深い。しかも彼女は、仕事と、趣味のふくわらい以外にはいっこう頓着しないような人間なのだ。ちょっと壊れている人間、と言ってもいいかもしれない。しかし彼女が無職の引きこもりではなく、周りからも優秀と見なされる編集者だという設定に好感が持てる。
 上橋菜穂子の解説によれば、世間の人が当たり前に感じている感情がわからない主人公が、世界と自分がつながる一瞬を味わう……ということになるのだが、それだけではない面白さがある。登場人物がそれぞれにヘンだ。ヘンな人なんだけど、そばにいて話をしてもいいかな、と思わせるところがある。
 紀行作家というより冒険家だった主人公の父。目が見えないのに主人公に一目惚れする男性。主人公と対照的に見えながら、友達になっていく同僚の女性……
 主人公の回想や、訪れる場所や、タイトルになっている「ふくわらい」もすべて上手に収まって、ぴったりと効果的。もしかすると、この、あまりにも上手にはまっているところが作為的と思われることもあるかもしれないが、私は楽しんだ。


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