2015年03月10日

『天才探偵ミタライ 傘を折る女』感想

 まず、前の記事のタイトルが変で、すみませんでした。正しくは「~化で気になること」でした。なお、今回も取り上げますが、ドラマの正式タイトルはもっと長いです。省略しておりますが、すみません。
 そして当然、今回はドラマの内容・結末に触れております。ご了承ください。


 さて、ドラマを見て。まず気にかかっていた点から言うと、バスジャック事件は上手に処理されていた。1人だけ逃げた乗客は自分を正当化し言いふらし、自分のスナックの客にも自慢していた。しかし、彼女が逃げたことで怒った犯人は、乗客の1人を殺す。逃げた女は「私が知らせたから犠牲が1人で済んだ」と主張するが、「彼女が逃げたから1人が殺された」と考えるバスの運転手は、殺された客の娘に、バス内で起こったことを話す。ただ、原作では1人犠牲者だけが名前を明らかにされてプライバシーを踏みにじられたことへの怒りがもっとあったと思う(犯人も少年だったため、名前は公表されなかった)。そういう面ももっと出せば、社会批判の趣も出たのに。
 殺される側に非難される点があり、殺す側への同情を誘うというのは、ドラマではよくある手法だろう。もちろん原作にもそういうところはあるのだが、ドラマではいっそう強調されている。殺人犯となった女性の着ていた白いワンピースが、まるで彼女の罪のなさを象徴するものとして用いられているようにも見えてくる。
 ミステリーマニアから見れば、細かい点での不満はあるかもしれないが、謎解きは原作通りだし、その謎で話を引っ張っていく力もあった。
 ストーリー以外で注目されるのは人物像だろう。そもそもこんなに長く映像化されなかったのは、御手洗潔という人物を表現するのが難しいという理由もあったわけだから。30年以上にわたって書き継がれてきたため、御手洗の性格も変化し、複雑になっているが、基本的に(能力が高いため)上から目線でものを言うし、変人と思われやすい。実生活上では、同居している石岡和己にほぼ依存している。
 いきなり変人として登場すると、特にテレビでは嫌われるかもしれないし、『傘を折る女』の原作では御手洗はさほど変なところは見せない、ということもあって、ソフトではあるが原作の御手洗らしさは映像化されていたと思う。
 石岡が、御手洗の興味を惹きそうな話をしても、初めは本を読んだままでいること。初対面の女性刑事をじろじろ見て、彼女の最近の状況を言い当てる場面。昼食をどうするか石岡に聞かれて「君の作る和食がいい」と御手洗が答え、石岡が出版社との打ち合わせがあるので今日はちょっと無理だと答えると「じゃあ、もういい」と食べずに済ませるところ。特にこの昼食に関するやり取りは、御手洗が実生活でいかに石岡に頼っているかということや、熱中すると食事をとらなくなるということを表していて巧い。
 たぶん「天才御手洗にしては、謎解きに時間がかかり過ぎ」という不満を抱く人もいるだろうが、御手洗の中では解決されていても、直接犯人と会って話をするために時間を稼いでいたという説明もできる。そういうことも合わせて上手にドラマにしてあった。
 事件の舞台を御手洗の住む近くにしたのは、その地域の刑事たちを含め、シリーズ化を狙っているからだと思う。あのカッコイイタイトルが一度きりで終わるのは残念なので、是非続きをお願いしたい。


   

Posted by mc1479 at 13:40Comments(2)TrackBack(0)
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