2013年11月08日

『のぼうの城』

 以下の文章では、映画『のぼうの城』の内容・結末に触れています。ご了承ください。

 かなりヒットした映画だと聞いているが、見ていなかったので、放映された機会に見た。
 ふつう、主役はストレートで、道化は脇役が多いと思うのだが、ここでは主役が「のぼう(「でくのぼう」の「でく」を取った)」と呼ばれる道化なのだ。父の死を受けて城主、戦いのときは総大将になる。
 主人が道化だと、仕える者たちは大変だろう。しかもその道化が、どこまで計算の上なのか、よくわからない。怒りに任せて戦いを宣告したように見えるが、実は人の使い方をよく知っている。どういう時に自分がどういう役割を果たせばいいかも知っている。多少、ずるい。
 ずるいと思うのは、敵側がこちらの城を囲むように作り上げた土手を見て「水責めがある」と知りながら、城下の農民にあらかじめ教えたりはしないこと(もちろん、水責めになったとき城には入れてやるが)。そして結果的に、田を水浸しにされた農民の怒りを利用していること。このずるさを臣下たちはどこまでわかっているのだろう? いや、わからないふりをしていた方がいいのか(結果よければすべてよし、というわけだ)。
 アンサンブルという点から見るなら、のぼう様を演じる野村萬斎が見せ場を独占していて、しかも彼だけ明らかに演技のスタイルが違う。違うのだが、それはこういう特殊な主人公だから違っても構わないのだ、という見方もあるだろう。
 映画全体として見れば、いかにも時代劇らしい戦いもあり、主要人物が死なないという安心感もあり、最後のナレーションで彼らのその後を示すことで、きちんと終わった感じも与えている。何よりも、はるかに強い敵に対して、知恵と力を合わせて戦う、という構図を好む人は多いのではないだろうか。
 というわけで、ヒットした理由は自分なりにわかった気がするし、見終わった後は「ごちそうさま」と言いたいような映画なのだが、何かもうひと味(スパイス)が欲しい、と思うのは贅沢だろうか。  

Posted by mc1479 at 16:44Comments(0)TrackBack(0)
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