2013年06月07日

おいしそうな小説

 たまたま最近読んだ2冊が、食べるシーンの印象的なものだった。
 
川上弘美『おめでとう』。
12の短編が入っている。生の蛸を食べさせる小さな飲み屋で「蛸をむつむつ噛んだ。」この「むつむつ」というのが印象に残った『いまだ覚めず』。
 別れた男と5年以上たって再会、男からもらったイチゴミルク(キャンディ)を食べる「私」のとまどい(『夜の子供』)。
 ふだん昼間しか会えない(不倫の)仲である二人が、一度だけ男の弟の部屋で食べる鍋料理(『冬一日』)。
 でもこの短編集で一番印象に残ったのは、実際に食べる場面よりも次のような比喩だった。

  私たちは、ゆうべのちらし寿司を朝の光の中で眺めているような気分で、互いの名を呼びあった。         (『夜の子供』)

 もう一冊は、『この暁のぬるさ』鹿島田真希  正確に言うと、表題作ではなく、『酔いどれ四季』のほう。
 ボーイズラブ小説を書いている38歳、太っている、オタク小説家の横田あやめ。連載中に悩むと、担当の、よくできた編集者・カオル君がおいしいものを食べさせてくれる。
 春は、焼酎バーで、ゴマ豆腐や鯛の刺身。
 夏は四川料理店で、酢豚、えびのチリソース、麻婆豆腐。
 秋はホテルの庭園にある天ぷら屋。
 冬はワインバーで、生ハムとオリーブ、ブルーチーズと牛肉のカルパッチョ、フォアグラのソテー。
 実際はそこで語られる二人の会話がメインで、それが
   
 経験は何も語らない。ただ、美食と美酒によってなにものかが憑依するのだ。こうして私たちはシャーマンのように言説を紡ぎ出す。いつまでも。
 
という最後につながっているのだが、こってりした料理を食べるオタク作家がリアルに思い浮かべられた。
 
   

Posted by mc1479 at 16:51Comments(0)TrackBack(0)
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